ベースボール・ビジネス by B_wind

    ベースボール・ビジネス1 観客はどこから来るのか?

    ベースボール・ビジネス2 野球には観客が付き物だった

    ベースボール・ビジネス3 プロ野球ビジネスの起源

    ベースボール・ビジネス4 リーグ戦スポーツ

    ベースボール・ビジネス5 戦力の均衡化



     ベースボール・ビジネス1 観客はどこから来るのか?


     プロ野球という商売で,何を一番大事にしなければいけないかというと,それはお客様(顧客)である観客です。お金(カネ)を払って,わざわざ見に来てくれる観客を大事することです。今,ビジネスの世界では,顧客満足度とか,ワン・トゥ・ワン・コミュニケーションといった顧客志向の考え方がもてはやされています。嗜好性のある産業では,なおさら,それが重要になってきます。

     では,その観客は,どこから来るのでしょうか。

     その答えは容易に想像がつくと思います。そうです,観客の大部分は,球場の近くの住民だったのです。阪神甲子園球場で応援するファンは,大阪や阪神地区に住んでいる人達が中心です。東京の住民がわざわざ飛行機や新幹線を使って応援に行くということは稀なことです。

     これはサッカーの例ですが,1998年の大阪体育大学の調査によれば,関西エリアにホームスタジアムを持つ4つのJリーグクラブの観客は,クラブ間で若干異なりますが,球場から直線距離で30km以内に住んでいる人が約75%〜90%を占めており,自宅から球場までの所要時間は,観客全体の約70%〜80%が1時間30分以内となっています。また,観戦回数が多い観客は,球場までの所要時間が1時間圏内に居住していることも明らかになっています。

     さらに,観戦回数の多い観客は球団に対する愛着心(ロイヤルティ)も高いという結果もでており,野球やサッカーといったプロスポーツの観客は,狭い地域に特定されていることがわかります。この球場から20〜30km(時間的距離で言えば1時間〜1時間半)以内の人口集積した地域が,球団にとってのマーケット,すなわち商圏(商売する範囲)ということになります。この条件を満たしているのが大都市ということになります。

     次に,プロ野球の観客の特徴を見ていくことにしましょう。

     プロスポーツの観客をプロ野球とJリーグを比較すると,プロ野球は,「団塊の世代(1947〜51年生まれ)」を中心とする中高年層で,Jリーグは「団塊ジュニア(1972〜77生まれ)」を中心とする若い世代と言われています。また,プロ野球の観客は,大相撲,バレーボール,マラソン・駅伝への関心が高く,Jリーグの観客は,バスケットボール,F1,アメリカンフットボール,テニスへの関心が高いという結果もでています。つまり,同じ地域をマーケットにしているといっても,プロ野球とJリーグでは観客層が違うことが分かります。

     ところで,野球は,野球ができた時から,観客が付き物でした。次回は,そのお話しです。

    ●参考文献

    「スポーツ産業論入門」原田宗彦 編著 杏林書店
    「スポーツの経営学」池田勝・守能信次 編 杏林書店
    「スポーツ経営学」山下秋二・畑攻・冨田幸博 編 大修館書店



     ベースボール・ビジネス2 野球には観客が付き物だった


     野球は,ニューヨークのビジネスマン,アレグザンダー・カートライトが,ボランティアで行っていた消防団の仲間の健康と親睦のため,タウンボールを改良し考案したものです。タウンボールは老若男女誰もが参加できるスポーツでしたが,カートライトは,団員の健康のため「よりハード」なスポーツにすることにしました。そして,団員の家族や恋人との親睦を深める社交の場としても考えていたため,見物人を考慮してルールを改良しました。

     「見せるスポーツ」として,一番大きかった改良点は,ファウルラインの設定でした。タウンボールにはファウルラインがなく,すべてがフェア地域であったため見物人がゆっくり試合を見る場所がありませんでした。ファウルラインの設定によって,初めて見物人は安心して試合を間近で見ることができるようになりました。また,打者が四方八方に飛ばしたボールを追いかける無駄な時間が減り,試合の進行も早くなりました。これも,見物人にとって有り難いことでした。

     カートライトは自分たちのチームをニッカーボッカーズ・クラブと名付け,1845年の秋にはクラブ内で練習試合を行っています。場所は,ニューヨークではなく,ハドソン川の対岸,ニュージャージー州ホーボーケンにあったイリジャン(エリージアン)・フィールズでした。イリジャン・フィールズは,緑と芝生に覆われた風光明媚な行楽地でした。野球は,最初から芝生の公園で試合が行われていたのです。

     ニッカーボッカーズのメンバーであったダニエル・アダムズの回想によれば,火曜と金曜の週2回を練習日と定め,イリジャン・フィールズで,毎週のように練習をしいたそうです。そのとき,練習とはいえ,見物人は多いときで百人ほど集まったということです。野球は,最初から見物人が付き物だったのです。

     最初のクラブ同士の試合は,ベースボール創世記の著者佐伯泰樹氏によれば,通常言われている1846年ではなく,1845年10月25日に行われたニューヨーク・クラブとブルックリン・クラブとの試合でした。このときは,なんと前日の新聞に予告記事がでています。試合の予告をするくらいですから,クラブ側にしても,見物人を期待していたことになります。当初から,見せるスポーツとしてメディアと関係があったことが分かります。

     また,野球は,当初から女性に人気がありました。野球は男性のスポーツですが,カートライトは,社交の場として,団員の家族や恋人にも配慮してゲームを考えましたし,その母胎になったタウンボールは女性にも親しみがあったので,当初から多くの女性が見物に訪れています。その後,イリジャン・フィールズには,女性のためにテントが建てられ,その下に即席の観覧席が設けられるようになりました。

     このように,野球は当初から,見せるスポーツとしての性格をもっていました。次回では,この見るスポーツ「野球」が,いかにプロ野球として発展していったかを,ビジネスという側面からお話ししたいと思います。

    【参考文献】

    「アメリカ野球史話」鈴木惣太郎 著 ベースボール・マガジン社
    「熱闘!大リーグ観戦事典」池井優+アメリカ野球愛好会 著 宝島社新書
    「ベースボールと日本野球」佐山和夫 著 中公新書
    「ベースボール創世記」佐伯泰樹 著 新潮選書
    「メジャー・リーグを100年分楽しむ」佐山和夫 著 河出書房新社
    「大リーグと都市の物語」宇佐見陽 著 平凡社新書
    「野球はなぜ人々を夢中にさせるのか」佐山和夫 著 河出書房新社
    「大リーグ野球発見」池井優監修 宇佐見陽著 時事通信社



     ベースボール・ビジネス3 プロ野球ビジネスの起源


     1858年,野球の最初の有料試合はニューヨークの競馬場を借りて行われたニューヨーク選抜とブルックリン選抜の試合です。一種のオールスター戦で,競馬場の賃料として入場料を徴収することになりました。入場料は50セント,入場者1500人。しかし,入場料は取りましたが選手への報酬は禁止されていました。

     1862年になると,ウィリアム・カミヤーという人物がスケート場の水を抜いて初めての野球場を作り,入場料を取って商売を始めました。これが,最初の野球ビジネスということになります。

     1866年には,最初のプロ野球選手が出現しました。フィラデルフィアのアスレチックスが3人の選手と週給20ドルでプロ契約をしました。それまでプレーの報酬として陰で金銭をもらっていた人もいましたが,それが顕在化したのです。

     1869年,最初のプロ球団,シンシナティ・レッドストッキングズが誕生します。これは,クリケットのプロ選手だったハリー・ライトが弟と作ったチームで,全員がプロの選手でした。アマチュア相手に連勝を重ねましたが,1球団だけでは経営的に安定せず,2年で解散してしまいました。しかし,このレッドストッキングズに刺激され,各地にプロの球団が誕生していきました。

     1871年,これらの球団が結集し,最初のプロ・リーグ,NAPBBP(National Association of Professional Base Ball Players)が結成されます。NAPBBPは,リーグというより,選手の協会という形式をとっていたため,選手のわがままがつのり,規律も非常に乱れたものになっていきました。リーグ運営もずさんで,賭博の対象にもなったりしたため,リーグ戦での不正な順位操作,選手の引き抜きや八百長も横行し,ついにはファンの支持を失い5年間で幕を閉じてしまいました。

     1876年,この野球の危機を乗り越えるべく登場したのが世界最古の大リーグ,ナショナル・リーグです。ナ・リーグでは,選手や監督は試合に専念させ,経営は専門の役員が行うことにしました。このとき,定められたリーグ憲章が,今日のベースボール・ビジネスの根幹となっています。各球団の地域侵略を防ぐため,

    @「本拠地となる都市」の人口規模が75000人以上であること,
    A「各都市」は互いに5マイル(約8キロメートル)以上離れていること,

     とされ,さらに,選手の争奪戦を防ぐため,

    B統一契約書によって選手を雇用すること,

     とされました。これがフランチャイズ制度と選手保有権制度です。日本プロ野球協約にも,地域権,選手契約権,選手保留権として球団の権利が保障されています。

     1878年には,ターンスタイルと呼ばれる計数器が導入されました。これは,米国の球場でお馴染みの回転式のバーで,入場者が1人通るたびに,正確な人数を記録していきます。これは,入場料が当時唯一の収入源であったため,その分配は極めてシビアであったからです。正確な入場者数を把握することは,プロ野球ビジネスの基本なのです。

    【参考文献】

    「アメリカ野球史話」鈴木惣太郎 著 ベースボール・マガジン社
    「熱闘!大リーグ観戦事典」池井優+アメリカ野球愛好会 著 宝島社新書
    「ベースボールと日本野球」佐山和夫 著 中公新書
    「ベースボール創世記」佐伯泰樹 著 新潮選書
    「メジャー・リーグを100年分楽しむ」佐山和夫 著 河出書房新社
    「大リーグと都市の物語」宇佐見陽 著 平凡社新書
    「野球はなぜ人々を夢中にさせるのか」佐山和夫 著 河出書房新社
    「大リーグ野球発見」池井優監修 宇佐見陽著 時事通信社



     ベースボール・ビジネス4 リーグ戦スポーツ


     プロ野球やJリーグの球団(クラブ)は,歴とした株式会社という法人企業です。法人企業であるからには,何か商品を生産し,販売しているはずです。ところが,これらの企業は単独では何も商品を生産することができません。プロスポーツにとって商品はゲームになりますが,このゲーム,一球団(企業)では成り立たないのです。これは,スポーツの世界では当然の話ですが,経済の世界では奇妙なことなのです。

     さらに奇妙なことに,このゲームは,単なる商品ではなく,リーグ戦という商品の一部でもあるのです。例えば,巨人対横浜の試合は,巨人という球団と横浜という球団の対戦カードであると同時に,セントラル・リーグの公式戦という意味を持っています。巨人対横浜という試合は,試合の勝敗を争うだけでなく,リーグ戦の勝敗を争っているのです。つまり,プロ野球やJリーグの商品である試合は,単独としての試合と,リーグ戦の中の試合という二つの意味を持っています。

     このリーグ戦は,3以上の球団が組んで初めて成立します。つまり,3以上の球団が協力して初めてリーグ戦という商品の生産が可能になります。実際,プロ野球ではセ・パ各6球団,JリーグではJ1が16,J2が10クラブでリーグ戦を組んでいます。いわば,リーグに加盟している全球団が,共同してリーグ戦という商品を作っているといえます。

     一般の社会では,企業はといえば弱肉強食の市場世界で競争を強いられることになっていますが,プロ野球やJリーグというプロ・リーグの世界は,この常識は通じません。プロ・リーグの世界では,リーグ戦という商品を生産しているのはプロ・リーグです。個々の企業である球団は,その生産者の一部に過ぎないのです。リーグ戦はマーケットではなく,ひとつの商品です。プロ・リーグの世界は,リーグ戦という商品を共同で生産する共同体の世界なのです。

     リーグ戦は,試合数が事前に確保され,優勝の機会も均等なため,あらかじめ選手に多額の投資が可能になります。勝ち抜き戦のトーナメントでは,初戦で負けてしまえば次の試合はなくなり,選手への報酬を賄うことが出来なくなってしまいます。プロ・スポーツを長期に渡って運営していくためには,リーグ戦により長期に安定した収入を確保する必要があるのです。

     リーグ戦のデメリットとしては,消化試合が挙げられます。リーグ戦は総当たり戦ですから,優勝や順位が決まっても,リーグ戦は続行されます。消化試合は,リーグ戦という商品価値がないので,観客は期待できません。では,このリーグ戦が持っている消化試合というデメリットをいかに克服したらよいのでしょうか。優勝争いや順位争いを長くやればやるほど消化試合は少なくなります。優勝争いや順位争いは,球団間の戦力が均衡していればいるほど,最後までもつれ込みます。リーグ戦,成功の秘訣のひとつが戦力の均衡です。



     ベースボール・ビジネス5 戦力の均衡化


     プロ野球のビジネスの基本は,リーグ戦です。リーグ戦はビジネスの基本であるとともにプロ野球の商品でもあります。リーグ戦の商品価値は,リーグの優勝争いや順位争いです。このリーグ戦での競争がなくなれば,リーグ戦という商品は価値を失います。価値を失ったリーグ戦が消化試合です。リーグ戦の商品価値を高めるには,消化試合を減らす必要があります。消化試合を減らす方法には二つあります。一つが前回も述べた戦力の均衡策です。もう一つが競争の多元化です。

     戦力が一部の球団に偏っていると,消化試合が増えます。そこでこの戦力の偏りをなくす方法が戦力の均衡策です。直接的な戦力の均衡策は,戦力である選手の均等配分です。これには,ドラフト制があります。日本では,新人選手のみが対象ですが,MLBでは,マイナー・リーグの選手を対象にしたドラフトもあります。戦力の均等化という目的でいえば,ドラフトの指名順位は,前シーズンの下位の球団からというウェーバー制が本筋です。ところが,日本では,選手層が薄く,新人選手への依存度が高いため,ウェーバー制ではなく,くじ引きや逆指名の制度が採用されてきました。戦力の均衡策は,球団の独立性とのかね合いが問題になります。

     選手の均等配分という直接的な方法ではなく,間接的に戦力を均衡させる方法として球団の選手費用を均等化する方法と球団の収益を均等化する方法の二つがあります。前者の代表がサラリーキャップ制です。これは,球団の選手費用の上限を決めておき,一部の球団に優秀な選手が集中しないようにするものです。これには,プロ選手の力は,年俸(球団からみれば費用)に比例するという前提があります。サラリーキャップ制は,野球界では日本でもアメリカでも採用されていません。MLBが,90年代に採用しようとしましたが,選手会側がストライキで対抗した結果,MLBでもサラリーキャップ制は採用されていません。NFLやNBAではすでに採用され,成果を上げています。

     後者の球団の収益を均等化する方法として,レベニュー・シェアリングがあります。これには,放映権等をリーグ全体で管理し,これを各球団に分配する方法と,収益性の高い球団の利益を収益性の低い球団に再分配する方法の二つがあります。これは,収益を均等化することにより,収入による戦力の不均衡化を防ぐというものです。放映権は,NFLでは全国放送もローカル放送もリーグで管理されていますが,MLBでは,全国放送のみがリーグ管理で,ローカル放送は球団個々のフランチャイズ権に含まれています。NPBでは,放映権は,全国,ローカルの別なく,個々の球団に属しています。サラリーキャップ制とレベニュー・シェアリング制の中間的な方法として,選手費用の高い球団から罰金を徴収し,これを他の球団に分配する課徴金制度も考えられています。

     この戦力の均衡化策は,直接・間接を問わず,リーグが球団個々の経営に介入することであり,効果も大きいものですが,逆に球団の自主性や独立性を損なうという弊害もでてきます。そこで考えられてきたのが,競争の多元化です。


     第6回〜はこちら


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